見たいものだけ見る③

 
見たいものをだけを見る②の続きです。
 

Dissociation of face-selective cortical responses by attention
Furey ML, Tanskanen T, Beauchamp MS, Avikainen S, Uutela K, Hari R, Haxby JV
Proceedings of National Academy of Science of the United States of America (2006) Jan 13; [Epub ahead of print]

 
さて、Fureyらの言うフィードフォワード、フィードバックの処理における注意attentionのmudulationの議論は2000年のLamme & RoelfsemaのReviewなどでも見られるものです。
 

The distinct modes of vision offered by feedforward and recurrent processing
Lamme VA, Roelfsema PR.
Trends in Neuroscience (2000) Nov;23(11):571-9.

 
Lamme & Roelfesmaが議論するのは同じ部位の神経細胞フィードフォワードの処理とフィードバックの処理とで異なる動態を示す例です。フィードフォワードとは視覚入力が低次から高次のエリアへと向かうフェイズ、フィードバックとは高次の処理が低次の処理に影響を与えるフェイズです。そして注意のような高次の処理の影響は、フィードバックのフェイズ(比較的遅い時間)に見られるということです。この動態は今回の顔選択的活動にもよくあてはまります。活動初期(M170)においては「顔」の映像が含まれていればとにかく反応を示し、活動後期においては「顔」に注意を向けた場合にしか反応を示さないのです。
 
しかし今回の実験で気になるのは、注意の手がかりcue自体は、視覚刺激の前に与えられているのであり、注意の効果はフィードバックのフェイズまで遅れるとは必ずしも言えないということです。つまり「顔」に注意を向けているのなら初期のM170の段階で注意のmodulationが起こってもおかしくはありません。先ほど紹介したMartinezらのNature Neurosience(1999)の研究では空間注意spatial attentionのフィードバックによる影響は刺激提示後の70msほどのP1のピークで既に見られます。腹側のWhat系と背側Where系でフィードバックのフェイズのタイミングが異なることは充分ありえますが(そもそもフィードフォワードのスピードが背側の方が圧倒的に早いらしい)、cueが刺激に先行する条件で200msほどまでフィードバック(というかトップダウン)の処理が遅れることがありうるのでしょうか?Lamme & Roelfesmaの議論では、サルにおいては腹側のWhat系のフィードフォワードの処理は遅く、下側頭部位ではほとんどフィードバックの処理と同時に起こるとされています。となると、今回のM170が注意によるmodulationを受けていないように見えるのはどうも納得がいきません。
 
そこで注目したいのがMEGデータの解析法です。今回データ解析の俎上に乗ったセンサーは全ての条件で0〜500msの間にベースラインから8SD以上の偏移を見せたものだけです。つまりあらゆる条件(「顔」に注意を向けたにせよ「家」に注意を向けたにせよ)大きく反応を示したセンサーだけを集めて解析しているのです。となると、「顔」に注意を向けたときには強く反応したが、「家」に注意を向けたときには弱い反応しか示さなかったセンサーは除外されてしまっている可能性があります。つまりそもそものM170における注意の効果というのを削ぎ落としてしまっているかもしれないのです。
 
この反論は著者らにも予想されたものでしょうから、Fig3Dでは全センサーでの条件比較をしています。しかしFig3Cまでの解析においては、かなり慎重に遅い成分の差を検出するための技巧を凝らしているのに対し、ここでは単純に条件間の差の2乗を被験者間で平均するだけにとどまっています。結局、著者らはそもそもM170における微妙な注意の差を見るつもりがないように思えます。
  
確かに初期の短い成分(M170)がfMRIに反映される可能性は小さいのでしょうが、M170がフィードバックに拠る注意の効果を受けていないかどうかは、もう少し慎重に検討する必要がありそうです。Lamme & Roelfesmaが言うように、フィードフォワードとフィードバックの処理の差を正確に炙り出したいのなら、注意の手がかりcueと視覚刺激とを同時に出す必要があるでしょう。また、MEGでは確固たる解析手法が確立されていませんが、恣意的にセンサーを選び出してくるのではなく、なるべく全センサーで条件比較をしたほうが良いように思えます。というか、時間的にも空間的にも次元の大きいMEGの解析というのはまさに悩み所で、僕もデータが揃えど解析が進まず右往左往し続けているのですが。
 
「見たいものだけ見る」現象に注目した論文がまさに「見たいものだけ見る」ことになってしまっているように僕には思え、苦笑を禁じえませんでした。
 
なお、一連の記事を書くに当たってvikingさんattentional modulationに関する記事を大いに参考にさせていただきました。ありがとうございました。
いやあ日刊でvikingさんのようなクオリティのものをがんがん書けるようになりたいものです。勉強、勉強。