メキシカン・ハットに注意①

 

Direct neurophysiological evidence for spatial suppression surrounding the focus of attention in vision
Hopf JM, Boehler CN, Luck SJ, Tsotsos JK, Heinze HJ, Schoenfeld MA
Proc Natl Acad Sci U S A. 2006 Jan 24;103(4):1053-8.

だんだん「注意」に興味が出てきました。今回も前回に続きMEGで「注意」です。
 
従来、空間注意とは、距離の増加に伴い単調に活性が減少していく、単純な空間勾配だと考えられてきた。本研究は、多チャンネルのMEGを用い、注意の焦点は単調な勾配ではなく、興奮性のピークが、抑制性の狭い領域に囲まれた構造を持っていることを示す。この中心を囲む構造を明らかにするために、我々は被験者に対し、ポップアウトする色の付いたターゲット図形に注意を向けるよう指示し、ターゲット図形から様々な距離にプローブ図形を提示した。プローブに対する磁気反応は、プローブがターゲットの位置に提示された時に最も促進されたが、ターゲットを取り囲む狭い領域では抑制され、離れた距離では再び回復した。注意をポップアウト図形から引き離すために中心視野における課題を被験者に課すと、このパターンは消失したことから、観測されたパターンは純粋に注意によってもたらされたものであった。これらの結果は、神経的強化と抑制とが空間的構造として共起し、物体認知において有害なノイズを減衰するのに最適な方策をとっていることを示す。
 
空間注意のメキシカンハット
 
著者の Tsotsos らが提唱した selective tuning model(ST)を実証した論文のようです。雑誌が Artif. Intell. ということで空間注意をどう実装するかという理論ですね。 Braun、Koch、Davis の編集した『Visual Attention and Cortical Circuits』(2001)という本でも扱われているようです。少し古いですが、面白そうです。このSTについては後ほどまたふれます。
 
結果から言うと、空間注意というメカニズムは中心の周りに「堀」を巡らせて、コントラストを上げているようです。この特性って網膜の中心ON型の光特性を彷彿させますね。ボトムアップの特性とトップダウンの特性とが類似しているという点が面白いと思いました。空間注意の場合は「堀」の外側も活性化するので著者らは「メキシカン・ハット」と形容していますが。神経活動のパターンも連想させますし、「不気味の谷」ともよく似た構造ですね(この件に関してはまた後日書きます)。このタイプの現象は生命システム全般(もしかしてシステム全般?)広く見られるような気がして、単なるアナロジーだけではなく、うまく結び付けられると面白いと思うのですが。

  
とりあえず実験1を説明しますと、類似した沢山の黒い図形(Cの形をしている。視力検査で使うランドルト環ですね)の配列の中に一つだけ赤いターゲット図形が提示されます。そうするとこの図形にぱっと一瞬で注意が向かう(この現象をポップアウトといいます)。この赤い図形が提示される場所は毎回、毎回、ランダムに変動します。被験者は画面中央に視点を固定したまま、赤いランドルト環の方向をボタン押しで答える課題を行います。
ターゲット図形の提示から250ミリ秒後に今度は、課題とは全く無関係なプローブ図形が提示されます。この図形は先ほどの黒い図形を取り囲む白い円の形で提示され、その場所は毎回同じです。ですので、このプローブ図形の提示される物理的位置は同じなのですが、注意の焦点(ターゲット図形)からの距離は試行ごとに変動する。ここがポイントです。
実際にはプローブ図形を提示する条件(FP)としない条件(F0)とを50%ずつにして、FP-F0という操作を行うことによって、プローブ図形のみに対する活動を取り出しています。
ST 理論に従った著者らの予想では、ターゲットとプローブの提示位置が同じならば(プローブは注意の焦点=PD0に登場する)プローブに対する視覚反応は強化され、ターゲットからほんの少しはなれたところ(=PD1)にプローブが出た場合は反応は抑制されるだろう、と。
 
その結果、プローブ図形に対する視覚野の反応は著者らの予想通りでした。後頭部の活動*1はプローブ図形提示後、130〜150 msでピークに達し、その活動はプローブの位置(PD0〜PD4)によって差が見られました。PD0にて最も強い反応が得られ、PD1では最も小さい反応。そしてターゲットから更に離れたPD2で再び反応は増大し、後はPD3、PD4へと距離が遠ざかるにつれて反応は連続的に減衰していく。つまり上の図で描いたとおりの反応が得られたということです。
 
またPD1での活動から、最も注意による活動促進が弱いと考えられるPD4での活動を引き算する(PD4-PD1)ことで、抑制効果を取り出し、source density estimates (SDEs) を用いてその活動の皮質での分布を求めています。同様にPD0からPD4の活動を引く(PD0-PD4)ことで、活動促進の効果を取り出し、皮質での分布を。どちらも後頭から左下側頭葉にかけての広い領域が活動しているようです(刺激提示は右下視野)。
  
連続した刺激提示の反応から、単独刺激提示の反応を引いて、二つ目の刺激に対する反応を取り出すやり方はHillyardらによって既に確立されていますが、しかし、う〜ん、引き算、引き算の連続で、何を見ているのか直感的にはよく判らないし、なんとなく怪しい気もするんですが(特にSDEの分布はあまり真にうける必要はないのでは?)、ST理論自体は結構うなずける気がするし、確かに結果も綺麗ですね。それと刺激提示を右下、視野の4分の1に固定しちゃうのはどうなんでしょう?
 
実験2以降についてはまた次回。
 

*1:磁場の流出 efflux maximum から流入 influx maximaum を差し引いて得られた指標を用いる