村上春樹恐怖症=青春という亡霊への憧憬?
友人のLisbon22くんが3月25・26日に行われる『春樹をめぐる冒険―世界は村上文学をどう読むか』というシンポジウム・ワークショップに誘ってくれたので楽しみ。
そういえば僕が大学に入る前に「大学生」のイメージを決定付けたのは『ノルウェイの森』だった(確か高校生のころは秋になるころ毎年のようにこの小説と国木田独歩の『武蔵野 (岩波文庫)』を読んでいた。なんか恥ずかしい)。夏目漱石などの影響もあったのだけれど、とにかく暇で、そこらじゅうを散歩し、書を読む、という生活(あわよくば悲恋も)を思い描いていたわけです。まあ、高踏遊民への憧れが強いんでしょう*1。ところが理系として入学した僕は、想像と実際とのあまりのギャップに混乱に陥った。とにかく物理的にも精神的にも余裕がなかった。そこには僕の大学独特の進学システム(1,2年の成績によって進学する学科が制限される)も心理的に関係していたんだと思います。まあ高校の頃、小説ばかり読んで、実際の大学生活に関するリサーチを怠っていた僕が悪いのですが。
そういうわけで、村上春樹の作品というのは例え中年の主人公が描かれていたとしても、「高校の頃の僕が想像していた大学生」が成長した姿であって、失われた僕の青春の可能性の一つの実現としての読みをしてしまうわけです。ところが、当の村上春樹が描く人物たちは青春そのものが終焉してしまった世界で生きている。「青春とは『失うものは何もない』という意識である」というのが三浦雅士『青春の終焉』での分析なのですが、村上春樹においてはその意識そのものが欠如しているということです。
この事実が僕になんともアンビバレントな感情を引き起こさせるのです。村上春樹の小説は一種の青春小説として読むことが可能であるにもかかわらず、そこで描かれている世界では既に青春が終焉してしまっている。村上春樹の小説は、そこに青春の影を求めて読むものに痛烈な打撃を浴びせかけるのです。
私見ですが、内田樹氏がArchives - 内田樹の研究室で指摘した
どうして村上春樹はある種の批評家たちからこれほど深い憎しみを向けられるのか?
この日記にも何度も記したトピックだが、私にはいまだにその理由がわからない
けれどもこの憎しみが「日本の文学」のある種の生理現象であるということまではわかる。
ここに日本文学の深層に至る深い斜坑が走っていることが私には直感できる。
けれども、日本の批評家たちは「村上春樹に対する集合的憎悪」という特異点から日本文学の深層に切り入る仕事に取り組む意欲はなさそうである。
という問題は、この「青春の終焉」に絡んでいるような気がします。歴史上、青春は終焉しても、その亡霊は日本のあちこちを彷徨っている。亡霊を追い求める人たちにとって村上春樹の小説ほど憎むべき対象はないように思われます。
ところで、このシンポジウムにリチャード・パワーズというアメリカの作家が来ます。Lisbon22くんは彼をテーマに論文を書いたようで、僕よりも興奮しているようですが、彼の講演内容を見ると
基調講演
リチャード・パワーズ(作家、米国)
「ハルキ・ムラカミ-世界共有-自己鏡像化-地下活用-ニューロサイエンス流-魂 シェアリング計画」
案内人:柴田 元幸(東京大学教授)
コメンテーター:梁 秉鈞(香港)Esquire誌に90年代の5大作家に選ばれたアメリカを代表する作家パワーズは、日本人でインパクトを受けたアーティストとして村上春樹の名前を挙げ、「頭と心のパズル」、「構造自体がテーマを反映する構造になっている」という点において自身と共通点をもっていると評価しています。そうした「小さな物語が大きな物語と交わるという構造を持つ」という共通性は、村上春樹が現在アメリカのみならず世界的に愛読されていることとどのように関連するのでしょう。現代の人々が世界共通に求めている物語とは何かを、ニューロ・サイエンス(脳神経科学)と文学の関係性や自身の創作哲学に照らしながら考察します。
とのことで脳神経科学と文学との関係性なんてテーマに触れるらしい。これは楽しみ。このシンポジウムは参加には応募が必要で、抽選の倍率はかなり高かったらしい。もしかすると会場には脳神経科学専門の人は僕以外いない可能性もあるので、レポートしてみたい。そのためにはLisbon22くんの通訳に頼る必要があるかも知れませんが…。
Lisbon22くんによるとパワーズは非常に読みづらいようで、僕は原書に手を出すつもりは今のところないですが、シンポジウムまでには『ガラテイア2.2』を読み終えておかないと。主人公の作家は神経科学者と協力して人工頭脳に英文学を教え込み、難解な修士試験に合格させるというプロジェクトに挑む。という内容の「恋愛小説」(by Lisbon22くん)。2006年9月には前山佳朱彦・柴田元幸訳で『Prisoner's Dilemma(邦題:囚人のジレンマ)』がみすず書房より刊行予定ということで、神経/認知科学を専門にする方も要注目の作家ではないでしょうか。