逆再生でイベント記憶

Reverse replay of behavioural sequences in hippocampal place cells during the awake state.
David J Foster and Matthew A Wilson
Nature. 440 (7084), 680-3 (30 Mar 2006)
 
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 Editor's Summery

 
海馬はげっ歯類において、ナビゲーションの学習に関わっていることが知られています。具体的には、ある特定の場所に来ると発火する Place Cell (場所細胞)というものがあります。また海馬は人間を含む幅広い動物種においてイベントの記憶(エピソード記憶)に関わっていることもよく知られています。海馬のこの二つの機能は時間的に連続した情報を扱う、という共通点があり、睡眠時のラットの海馬ではイベント情報が再生されているという報告もあります。
今回の論文は覚醒時のラットの海馬において、直前に経験した空間的イベントが逆再生されている、という発見を扱っています。
 
実験ではラットの海馬に電極をぶっ指して、通路を端から端まで走らせます。この時、場所細胞はそれぞれ特定の場所を通過したときにだけ発火します。つまり (い)→(ろ)→(は) という通路上の各地点に対応して (イ)→(ロ)→(ハ) という順序で場所細胞が発火します。面白いのはラットが通路を走り終えた後の休息時間です。この時、ラットは通路の端でじっと止まっているだけなのですが、場所細胞は短い周期 (sharp wave) で何度も発火します。しかもその発火する順序は(ハ)(ロ)(イ)→(ハ)(ロ)(イ)→(ハ)(ロ)(イ)…という様に、実際に経験した時間順序とは逆になっているのです。
 
メインの結果はシンプルですが、著者らはここから面白い考察を展開しています。ラットは通路のゴールで報酬(えさ)をもらうわけですが、その時ドーパミンが一気に放出されます。そして次第にドーパミンの量は減少していくわけです。この最中に海馬が実際のイベントの逆再生を行うと、よりゴールに近いほうの場所細胞(ハ)が報酬と強くペアリングされるわけです。このペアリングによって、ラットはナビゲーションを学習する(=ゴールに向かっての報酬価値のグラデーションを形成する)のではないか、という推測です。実際、中脳腹側被蓋野ドーパミンニューロンは海馬の sharp wave と同期して発火することが報告されています。
著者らはここから更に直前の経験の逆再生が一般的なエピソード記憶の形成にも関わってくるのではないか、と考えているようです。
 
僕としては場所細胞の話と、場所の移動を必ずしも伴うとは言えない一般的なエピソード記憶がどう繋げられるのかちょっとわからないのですが、ドーパミンとのペアリングの話は面白いと思いました。それと supplementary の Fig.6 がいまいち理解できないので、もし解かる方が説明していただけると助かります。