マインドリーダー乳児

Infants predict other people's action goals
Falck-Ytter T, Gredeback G, von Hofsten C.
Nat Neurosci. 2006 Jun 18; [Epub ahead of print]

認知科学徒 News Memoさん経由。乳児が他者の行動の目標を予測できる、という論文。直接計測しているのは目の動きです。
著者らはスウェーデンのグループ。やっぱり北欧は教育に関わる心理学的研究が盛んなのかしらん。
"Action plans used in action observation"という2003年のNature論文によれば、他者の行動を観察している最中、観察者は自らが保持する運動表象によって導かれた予測的な眼球運動を行っているということがわかっています。これは他者の行動理解には、自分の運動の表象との照らし合わせが必要である、という direct matching hypothetis を支持する結果です。
今回の論文もこのロジックに乗って進められています。direct matching hypothetis に従えば、乳児は自分自身がその運動を身に付ける前には、他者の運動を予測できないだろう、ということになります。
さて、今回、実験に用いたのは、「人間がバケツにおもちゃを入れる」という一連の行動を撮影したビデオです。乳児はこの行動を生後7-9ヶ月ほどで身に付けるそうです。著者らは①成人②生後12ヶ月の乳児③生後6ヶ月の乳児のそれぞれ11人ずつの3グループで、このビデオを見ている際の目の動きを比較しました。direct matching hypothetis が正しければ、①と②は行動を予測し、③は行動の予測ができないはずです。
実験の結果、予想通り①と②のグループでは、おもちゃがバケツに入る瞬間よりも前に(有意に早く)、バケツに目が向いていたことがわかります(平均±標準誤差:①348±30 ms、②171±34 ms)。それに対し③ではバケツにおもちゃが入った後に(有意に遅く)、視線がバケツに向きます(-186±39 ms)。ボン・フェローニの事後検定では①と②の間には有意差がありませんが、両群と生後③との差はともに有意です。
それから実験中の視線方向の時間配分も違っていて、①と②はゴールに視線を向ける時間が③に比べて有意に長く、その時間は、ただおもちゃを目で追っていると仮定した場合に予想される時間よりも有意に長かったわけです。
こういった結果から、生後12ヶ月の乳児は成人と変わらず、他者の行動予測が可能であり、生後6ヶ月の乳児は予測が出来ていない、ということが示されます。生後6ヶ月の乳児はそもそもおもちゃをバケツに入れる行動を取らないので予測ができないだろうという direct matching theoly を支持する結果ですね。
 
また、著者らは成人33名と生後12ヶ月の乳児33名で、もう一つの実験を行っています。条件(1)は先ほどと同様、「人間がおもちゃをバケツに入れる」ビデオ。条件(2)は、(1)と同じ軌道を描いて「おもちゃがひとりでにバケツに入っていく」ビデオ(人間は移っていますが手を動かしません)。条件(3)はおもちゃがひとりでに動くのは同じなのですが、その軌道が機械的で放物線的なものになっています。これらの3条件での目の動きを比較することで、事象の予測に人間の身体の動きが必要かどうかを検証することができます。
結果は成人でも乳児でも、(2)と(3)の条件では予測的な目の動きが見られず、おもちゃがバケツに届くのとほぼ同時に(もしくは乳児では遅れて)視線がバケツに向けられます。
視線の時間配分を比較しても、(2)と(3)の条件では成人においても乳児においても予測が行われていないことを示唆しています。
 
これらの結果から生後12ヶ月の乳児は成人と同様に他者の行動の予測が可能であり、生後6歳の乳児にはそれが出来ないことが示されました。生後6歳の乳児も一般的な物理現象の予測は出来るらしいので、これはエージェントの行動予測に関わる問題だろう、ということです。また後半の検証により、事象の予測に人間の身体の動きは必要ない、と考える「目的論な理論」teleological stance theory も潰せると著者らは述べています。
 
と、ここまでが中心的な議論なんですが、ちょっと問題を感じるのは、この議論にミラー・ニューロンを絡ませていること。論文の最初からミラー・ニューロンの話ががんがん出てきているんですが、今回はあくまで行動学的な実験です。もしかするとこのような眼球運動をサポートするのはミラー・ニューロンかもしれませんね、くらいが妥当ではないでしょうか。最初、乳児でミラー・ニューロンの活動が計測されたのかと思ってしまいました。乳児におけるミラー・ニューロンの議論はNIRSとかでも解像度的にちょっと無理かもしれませんね。Supplementary はまだきちんと読んでいないので、何か重要なことがあれば追って報告します。
 
あと、面白いのは Supplementary に載っている被験者への謝礼なんですが、乳児の参加者(の保護者)へは映画のチケット二枚か音楽CD(約14ユーロ)で、成人の参加者は映画の券一枚(約7ユーロ)だそうです。こんな記述要るのかわからないですけど、なんかイイネ!1ユーロ≒145円(本日)てのを考えると、スウェーデンの映画は安いんだなあ。税金高いんだろうけど。