夕方に簡単に雨が上がったその後で

 

規律=訓練の行使は、視線の作用によって強制を加える仕組みを前提としている。見ることを可能にするテクノロジーによって、権力の効果が生じる装置、しかも逆に、強制権の諸手段によって、それらが適用される当の人々がはっきり可視的になる装置を前提とするのである。

 

春の舞

 
お久しぶりです。
このブログの更新が途絶えているときは大抵、僕が鬱状態にあるときなのだけれど、今回は新生活が始まり、非常に多忙だったことが原因。実家を出てルームシェアを始めたこと、ドラムにDJと新たな音楽活動が始まりそうなこと、BARと塾で新しいバイトを始めたこと…。
書きたいことは山ほどあるのだけれど、それはまたおいおい…。
 
今朝は気持ちのいい陽光で目覚めたのだけれど、昼過ぎからは凄まじい雷雨に。そんななか「複雑系生命システム研究センター」主催のシンポジウムにちょっとだけ顔を出してきた。講演者は大体見たことのある方たちで、今までにも聞いた話が多かったのだけれど、合原一幸先生のテーマは目新しく、知的興奮を掻き立てるものだった。
 
テーマは前立腺癌の内分泌療法について。
前立腺癌はアメリカでは病死の原因の2位であるし、日本でも急増していて、その治療は非常に重要な課題になってきている。
単純に言えば男性ホルモンであるアンドロゲンが前立腺癌の原因となるので、それを絶てば癌の増殖は抑えられるのだけれど、あまり長期にわたってアンドロゲンを抑制しすぎると、アンドロゲンに依存しない(=アンドロゲンを減らしても効果のない)性質を持った癌が変異によって爆発的に増殖してしまうことがある。これを再燃と呼ぶ。
海外ではアンドロゲン抑制剤を間欠的に与えることで、アンドロゲン非依存性の癌細胞の増殖を抑える療法が導入されている。癌細胞の増殖の目安となるPSA値という指標があるのだが、この場合、ある程度PSA値が上がってきたら薬剤を投与し、PSA値が落ち着いたら投薬をストップする。しばらくして再びPSA値が上がってきたら再び投薬する。この方法によって適度な範囲で癌細胞を飼いならすことで、健康を維持しつつ、再燃を防ぐことが出来る。これは非常に効果のある療法らしいのだが、日本ではまだ抵抗が強く、千葉大学系の医療機関でしか行われていない。
 
で、カオスの伝道師・合原先生は何を研究しているかというと、アンドロゲン依存性の癌細胞とアンドロゲン非依存性の癌細胞の増加・減少をモデル化し、薬剤の投与に伴う両細胞の挙動を予測することである。これによって投薬の最適なタイミングを測り再燃を防ぐための、患者さんごとのプロトコルが作成できるようになるのである。うまくいけば両タイプの細胞の数が一定の範囲内で増減をくり返すようなループ (limit cycle) に持ち込むことができる。このループを20年間ほど維持できれば、患者さんは老衰とか脳溢血とか、他の原因で死ぬことになる。根治ではないが、実効的には前立腺癌を克服したことになるらしい(笑)。
 
衝撃的だったのは、従来、医師の職業的カンに頼らざるをえなかった投薬のタイミング・量などが、非線形数学によってかなり精密に制御できる可能性がある、ということ。日頃僕が触れる複雑系の研究というのは、複雑なものを複雑なまま捉えるがために、形而上学的な深みとは引き換えに実用性には欠けるような印象があったのだが、このように生死の現場である医療に直接に関与することさえ可能であるということを実感した。
そして体内の癌細胞の挙動がグラフ上の軌跡として可視化されることに、生理的なインパクトを受けた。体の奥底の暗闇で蠢く不気味な癌細胞はx軸とy軸上の値に変換され、非線形動力学的な解析に晒される。癌細胞の根絶を目指すのではなく、ある領域内に癌細胞を馴致する。グラフ上を這い回る無機質な曲線によって人間の生死の境界が制御される。そこでは死の萌芽たる癌細胞の再生産を管理し、巧いバランスを保つことによって、人の生が統御されていく。
 
まさに生権力の拡大していく先端の現場を目にした気分である。このように複雑系科学が医療分野にまで影響を及ぼし始めている今、フーコーが挙げたような「平均」を中心とする統計学のような古典的な概念だけでは、最早、生権力の分析は不可能なフェイズに突入しているのではないか。
 
シンポジウムが終わったころには雨はすっかり上がっていて、僕は親父から譲り受けた Canon で水溜りの光るキャンパスを撮りまくった。