数時間も13年も私にとっては同じなの

昨日は締め切り間際に書類を提出しに行ったら、sumidatomohisa さん、 boy-smith くん、その他授業や勉強会などで馴染みの人たちが集まっていて、みんなこの数日、あるいは数週間、苦労したんだろうなあ、といった感じでげっそりしていて、愛おしくなってしまった。とくに boy-smith くんは見た目も書類もひどくよれよれで吹き出してしまったけれど、ちょっと昔の自分を見ているみたいで放っておけなかった。最低限の事務的能力なんて何度か手痛い失敗を繰り返せば身につくはず。とりあえずその場にいた人たちの書類はみな無事に受理されて良かった。
学内のカフェで boy-smith くんとお互いを労っていると、「boy-smith くんの書類、そこらへんにたくさん散らばっていたよ」と後から入店してきた sumida さんが教えてくれた。何故提出したはずの書類がそこらに散らばっているのかは謎だけれど、生命の本質に迫る汗の結晶の書類が、青空に舞っている様は、滑稽でもあり、美しくもあり、僕は大笑いしながら、何故だか『サッド・ヴァケイション』のラストを連想した。
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boy-smith くんがバンドをやりたい (楽器できないけど)、と前から言っていたので、スタジオの個人練習に誘った。ストラトをレンタルして、爪切りを買って爪を切らせ、DとGとEを教えた。これでラモーンズ完成だ、と煽ってドラムを叩く。じゃーんじゃーんじゃーんどかすかどかすか。ロックンロールの原点だ。その後、ラーメンを食べて、セガフレードで一杯飲みながら煙草をわんさか吸って、研究ってなんなんでしょーねと語り合い、自転車でまたキャンパスに戻った。久々に学生っぽいことをしたなあ。この歳でどうかと思うけれど。
二日徹夜した後なのに結局また遅くまで論文の修正作業をして、ふらふらになりながら銀座通りに新しく出来た焼き鳥屋に立ち寄る。僕の座ったカウンター席の隣には 60 代半ばくらいのおばさんが座っていて、僕の持っているベースに興味を示して色々話しかけてくる。なんでもおばさんは若い頃ミュージシャンの恋人を追って札幌から東京に出てきたのだけれど、その彼は半身不随となる大怪我をして、しばらく連絡もつかないまま、恋は終わったのだとか。昔の恋人が雑誌に出たときの切り抜きだとかレコードジャケットとかを見せながら、延々と若い頃の悲恋について語る。普段だったら終わりまで(終わるのか!?)付き合ってあげられると思うけれど、さすがに徹夜続きの頭には厳しいものがあり、焼き鳥 2 本と生ビール一杯でそそくさと退散する。
帰宅した僕を待っていたのは、ダイニングのテーブルの上に置かれた鶴田謙二の新作『おもいでエマノン』!同居人 Lisbon22、さすが分かってる!!
おもいでエマノン (Ryu comics special) [ 鶴田謙二 ]

大好きな作家の久々の新作に眠気も忘れて一気に読み切った。1968 年という時代設定、長距離フェリーの船室でのエマノン ("no name"の逆さ読み) と名乗るフーテン娘との出会い、彼女の着ているざっくりとしたセーターとか、もう、完璧。「ぼく」とエマノンがビールをごっそり買い込んで話し込み出す辺りで、僕も泡盛を引っ張り出してきて応酬。エマノンには遺伝子を通じて生命の原初からの記憶が脈々と受け継がれている。
「ぼく」の繰り出す生物学的・進化論的解釈には全く説得されないのだけれど、そんなこと関係なかった。船内から凍てつくデッキへ出たシーンでページ全体に広がる黒い夜空と星々!悠遠の生命全史の中での、この一瞬の輝きと儚さ!荒唐無稽な記憶遺伝のストーリーは今この刹那を輝かせるためだけに語られたのだ。たぶんあらゆる SF も物理専門のひとから見たら納得できないことだらけなのだろうけれど、科学的厳密性は SF の本質とはたぶん関係ないんだろうな、と実感した。

ぼくはどうやらこのフーテン娘の暇つぶしの相手をさせられていたらしい
でも正直言って話の内容なんてどうでもよかった
嘘っぱちでもなんでもかまわなかったのだ

長い長い一日の最後にとても幸せな気持ちにさせてもらった。鶴田謙二のベストと言ってもいいかも知れない。僕は原作も原作者も知らなくて Lisbon22 くんに今日教わったのだけれど、『黄泉がえり』のひとなのか。それにしても鶴田先生、『Forget-me-not』 はどうなったのでしょうか。タイトルどおり、忘れていませんよ。