ひとつの時間の中にあって幾億も重なる昼と夜

夜の伯備線は生真面目すぎるほどに一歩一歩を確かめながら進む。停車の度に運転手は一両目の先頭へ出てきては、姿を見せぬ降車客を待つ。駅の灯火の他には何も見えず闇の中をただ過ぎ去っていくだけの無数の町たち。僕はこれから先もこれらの町を訪れることがないことを知っている。それでも、こうしてひとつひとつ踏みしめるように通り過ぎていくことで、今まで存在の有無すら心によぎることのなかった町にもひとつひとつ名前があり、そこに住む誰かがいるのだという感覚が染み込んでくる。それが嬉しい。
何時間も電車を乗り継ぎ深夜にたどり着いた出雲の町はやけに涼しく、道は広く区画もひどく整然としていて、人目を避けることができるような野宿に相応しい公園がなかなか見つからない。ようやく妥協して住宅街の小さな公園に身を横たえる。寝袋から露出した顔面に霧雨が降りかかる。明朝、出雲大社へ。