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第2章 心理現象としての言語
2.1 "心"とは何を意味するか?
ノーム・チョムスキーAspects of the Theory of the Syntax』(1965) の注目すべき第1章において提唱された生成文法の検討課題は、そのほとんどが35年にも渡り無傷なまま残されることになった。この章、および後に続く2章はそれらを評価、再検討し、生成文法に対する積年の一般的な批判に答えることに割かれることになる。
まず言語学的記述の位置づけに関わる問題から見ていこう。言語学研究の標準的分析は "The little star's beside a big star." という文に対して図1.1*1のような構造を仮定する。この構造はどのように理解されるべきだろうか?『Aspects of the Theory of the Syntax』における根本的主張は、このような構造は、言語学にとって有用な記述であるだけではなく、「心理学的に実在する」ものだ、ということである。つまり、この構造は文を喋ったり聞いたりする英語話者の心の中の何らかのモデルとして扱われるべきである、ということだ。この主張は何を意味するのだろう?
しばしばこのような言葉が答えとなる。「図1.1 は文の心的表象のモデルである」。不幸なことに、私は読者の中へ飛び込んで、このような専門用語から読者を引き剥がさなければならない。このような術語は長年にわたる不必要な誤解を生み出してきたと私は考える。問題は、「表象」という語には「何かを表象する」という含みがあることだ。そして何かが別の何かを表象しているということは、それを誰かに対して表象しなければならない。しかし我々は、図1.1が「文を言語使用者に対して表象している」とは言いたくない。そういってしまうことは、言語使用者がこの図の全ての構造に意識的にアクセスできるだとか、充分な内観によれば可能だとかいうことを意味することになってしまう。そして我々は、言語使用者の無意識の心の中の何らかの構成要素に対して、この図が文を表象している、などということも言いたくない。それでは悪名高いホムンクルスを呼び出すことになってしまう。(デネット (1991*2 ) の用語を使えば) 「デカルト劇場」に座ってショウを見ている「脳の中の小人」である。

*1:訳注:省略。音韻構造・統合構造・意味/概念構造、そして空間構造が並列されている。

*2:Denett., D.C. (1991). Consciousness Explained. New York: Little, Brown. 邦訳『解明される意識