マルホランド・ドライブ

マルホランド・ドライブ [DVD]

昨夜3度目挑戦 (録画済)。
あいかわらず悪夢に突き落としてくれるデイヴィッド・リンチ。公開当時、巷では謎解きも盛んだったようだが、映画を楽しむ上ではほとんど意味がない行為だと思う。一生懸命細部を穿って謎解きをしている人たちというのは、この映画を理解していないというよりも、ほとんど侮辱しているかのようなものだ。

夢を論理的に説明することに何の意味があろう?
「〜がこの場面に登場するのは〜の願望を表している。」とか「〜は〜現実世界における〜の象徴だ。」とか。もちろんリンチは極めて論理的にあちらこちらで伏線を張るから、ローカルな関係を辿れば、ひとつひとつの謎は説明可能かもしれない。しかし、謎解きに血まなこになってしまえば、リンチの仕掛けためくるめく悪夢に溺れることはできない。
  
夢の内容を解釈する行為とは、「自分が夢から目覚めている」という自覚があって初めて成り立つ。そして
 [ 現実 [ 夢 ] ]
という単純な階層構造を前提としている。現実とは絶対的で揺るぎのない足場なのだから、その下位構造である夢は現実の論理で説明しうる、と。
 
夢解釈をして得意になっている人間は、楽しい夢を夢そのものとして味わおうとはしないし、悪夢を見たあとの不快な汗や鼓動を言葉の裏に隠そうとする。夢を論理でねじ伏せてしたり顔である。しかし、その様な立場に立つ彼は、彼自身が絶対的に信じてやまないこの現実世界が他の世界の論理によっていい様に解釈されるのも拒むことができない。
 [ 真の現実 [ 彼の信じる現実 [ 夢 ] ] ]
という更なるメタ構造も存在可能だからだ。
 
「この世は夢かうつうか」と、胡蝶之夢の焼き直しをしたいのではない。ある世界が別の世界を下位に従属させている、という世界観自体が修正を迫られているのである。
 
階層構造は存在しない。僕らの住むこの世界では全てが等置される*1 
 
それでは、なんのためにリンチは、時間軸、もしくは、夢と現実が、前後で入れ替わったかの様な映画を作ったのか? 
 
ナオミ・ワッツ演じる主人公は自分の置かれた状況を受け入れることができずに、妄想の世界に溺れた(かのようにデイヴィッド・リンチは観客に思わせる)。そして主人公が現実を受容できないのと同様、観客もまた、前半のストーリーと後半のストーリーを連続したものとして受容できずに混乱する。それらをせせら笑うようにリンチは物語を奔らせる。「しかし、これが『マルホランド・ドライブ』の世界なのだ。受容せよ」と。映画館の席を立つとか、寝てしまうとか、停止ボタンを押すとか、観客の出来る抵抗はその程度だ。
 
さて、映画を見終わった後、脂汗にまみれた観客はどうするか。不快感はぬぐえないだろう。この映画をそのまま受け容れるのはなんとも苦しい。ハッピーじゃない。筋が通らない。金返せ、映像やくざ。そこで彼らのお得意の論理が持ち出される。云々。
 
こうして謎解きに謎解きを重ね『マルホランド・ドライブ』はすっきり換骨奪胎される。「夢に敗れたかわいそうな女優の卵の復習譚」*2。まあ、どんな結論に至るにせよ、その論理からはみ出してくる夢魔に食われるのがオチだ。というより、夢魔に食われるのがもとより正しい見方だろう。
 
この映画が求めるていることは、その後味に反して単純である(映画の理解が容易である、という意味ではない)。ただこれだけだ。
「夢は、確かに夢であり、かつ現実だ。夢を夢として楽しみ、苦しめ」。
整理すれば、「現実を現実として楽しみ、苦しめ」となる*3。僕たちが生きて触れるもの感じるものは全て現実であるし、それ以外の世界を「夢」見てはいけない。ファンタジー映画として矛盾すら抱えているが、彼岸の世界を否定しているのである。
ハリウッドは嫉妬と欺瞞の渦巻く糞みたいな世界かもしれないが、そこで生み出された美も、確かに、まごうかたなき美なのである。マルホランド・ドライブから見下ろしたハリウッドの灯ように。
 
R.E.M. の「Electrolite」は『マルホランド・ドライブ』以前の曲だが、不思議にマッチして、公開当時、映画館を出て、すぐに聴きたくなった*4。リンチが知っていたとしても、曲が綺麗過ぎて映画中では使えなかっただろうな。

...
If I ever want to fly Mulholland Drive
I am alive
 
Hollywood is under me
I'm Martin Sheen
I'm Steve McQueen
I'm Jimmy Dean
 
(Chorus) 
You are the star tonight
Your sun electric, outta sight
Your light eclipsed the moon tonight
Electrolite
You're outta sight
 
If you ever want to fly Mulholland Drive up in the sky
Stand on a cliff and look down there
Don't be scared, you are alive
You are alive
 
(Chorus)
 
Twentieth century go and sleep
Really deep
We won't blink
 
Your eyes are burning holes through me
I'm not scared
I'm outta here
I'm not scared
I'm outta here

『ストレート・ストーリー』は、リンチのくせに、気持ち悪いくらいに心温まる作品だったが、『ストレート・ストーリー2』を出すなら、お爺さんにブルーボックス開けさせたい。ひどい世界になるぞ〜。
 
ってか、ナオミ・ワッツ良か〜っ*5。きっと彼女は俺の住む世界にはいないよ!夢だ、夢!!

*1:言語学徒にあるまじき暴言。あくまで世界の構造に関してだと思おう。

*2:ビリー・ワイルダーの『サンセット大通り』が元ネタなので正しい結論ではある。

*3:「夢は現実だ」…① /「夢を夢として楽しみ、苦しめ」…② / ①を②に代入すると「現実を現実として楽しみ、苦しめ」が示される。

*4:R.E.Mは映画『マン・オブ・ザ・ムーン』公開以前に同名の曲を発表しており、楽曲提供を依頼されたというネタもある。

*5:ヌードが見られるので、それ目当てだけでいいから『マルホ〜』見ましょう。今度はキング・コングに扮するらしい(ウソ)。