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たとえば b という表記は「音素選択」 phoneme choice の下位空間における位置を符号化している。そして、音韻論的に異なる素性表記は、下位空間における子音性、有声性、調音位置といった下位次元を符号化しているのである(図1.2)。NP という表記は「統語範疇」という、下位空間における位置を符号化している。素性分解というのは下位空間の次元の中へと位置づけることである。つまり NP は ( 「語彙」範疇 "lexical" category とは異なり) 「句」範疇 "phrasal" category であり、(「動詞」、「形容詞」とは異なり) 「名詞」であることを示す。b が音韻構造に位置づけられ、NP が統語構造に位置づけられているのは、状態空間全体の中で、ある特定の次元同士が他の次元よりもより強く結び付けられているのではないか、という仮説を符号化したものである。つまり機能的な意味での統語や音韻といった重要な次元のグループが存在するという仮説である。言い換えれば機能的アプローチは脳状態のどの次元が重要なものであるかに関する仮説であり、脳が差異化する次元空間の様態に関する仮説として捉えることができる*1
このような概念を形成していく上で少なくとも二つの興味深い問題が提起される。一つ目は通常、言語の機能的状態空間は離散的でカテゴリカルなものとして考えられるということだ。音素は b p かであり、その中間の何かであるということはない。また統語範疇は NP か AP かであり、その中間の何かであるということはない。対照的に、神経的計算(活動やシナプス結合の強度)は、何らかの形で段階的である。しかし、私が考えるに調和点は既に見つかっている。神経学的見地では、あるニューロンが高度に選択的な反応を示し、何に対し発火し、何に対して発火しないかのシャープな区別を形成することが認められているのだ。もちろん、どんなに鋭いチューニングでも完全なものではないが。
言語学的見地から考えよう。音響音声学においては、音素のカテゴリー知覚は完全にシャープではないことが昔から知られている。それどころか、例えば、pb との間には聴者の判定を揺らがせ、文脈依存的なものにするような音響的入力の狭い範囲が存在する(例えば Liberman and Studdert-Kennedy 1977*2 参照)。また意味論においても、段階的なカテゴリーというのはすっかり規範になっている(11.6を見ていただきたい)。そして統語論においても、カテゴリーの周縁においては、時として不確定性が表れることが認められている(例えば Ross (1972) における「ぐにゃぐにゃはんちゅう」 squishy categories や Culicover (1999) の提唱する可能カテゴリーの連続体などの例がある)。
このような機能的な領域での観察例は間違いなく、ハードウェアにおける非カテゴリカルな振る舞いに起因するものだろう。私たちは言語学的状態空間における次元を、デジタルではなく、ある程度連続的なものであるとして考えざるをえない。変動の次元において比較的に安定した中心点を持つがゆえに鋭いカテゴリの区別が存在するように見えるのである。ある次元の中での「離散性」と「連続性」の度合いはそのような近隣の中心点間の安定勾配の相対的な傾きを反映しているのだ。機能的記述における離散的カテゴリーは関連する神経学的基盤の振る舞いの近似として充分有用であると言える。しかし、この近似が崩壊し、より詳細な機能的記述のモードに訴えなければならない場合があることを認識しよう*3

*1:「脳が差異化する次元空間」という言い回しはより古典的な「脳がエンコードする情報」などというよものとどんなに大きく違って聞こえることか。より禁欲的で、より志向性が低い

*2:Liberman, A. and Studdert-Kennedy, M. (1977). 'Phonetic Perception'. In R. Held, H. Leibowitz, and H.-L. Teuber (eds.), Handbook of Sensory Physiology, vol vii: Perception. Heidelberg: Springer.

*3:Smolemsky (1999) は「記号的近似」 Symbolic Approximation という仮説を提示している。「言語の領域においては、心的表象を構成する活性のパターンは抽象的で高次な記述を可能にする。記号的言語理論の、ある種の離散的で抽象的な構造によって充分近似が可能なのである」。Smolensky の「心的」「表象」「記号的」といった志向的な用語を置き換えれば、これは私が提案したものと本質的に同様な思考である。Smolensky, P. (1999) 'Grammar-Based Connectionist Approach to Language'. Cognitive Science 23: 589-613