色は眼ではなく脳が見ている？
参照サイト：Color perception is not in the eye of the beholder: It's in the brain
関連論文
Organization of the Human Trichromatic Cone Mosaic
Heidi Hofer, Joseph Carroll, Jay Neitz, Maureen Neitz, and David R. Williams
Journal of Neuroscience (2005)
人の網膜には、波長の違う光に反応する３つの錐体細胞（コーン）がある。これが色の知覚を可能にしているのだが、その細胞の分布を調べる技術が今まではなかった。
ロチェスター大学の David R. Williams らは天文学で用いられてる技術を応用して、生きている人間の網膜の構成を調べることに成功した。
結果は驚くべきもので、長い波長に対応するL細胞と、中程度の波長に対応するM細胞の数の比は被験者間で最大 15 倍もの差があった(1.1:1〜16.5:1)*1。しかし手元のディスクを操作し、光を純粋な黄色に調整する課題においては、彼らはみな、同様の波長を選択した。つまり、網膜の錐体細胞の構成に関わらず、同じ波長を黄色として認識していたのだ。
先週、Journal of Neuroscience の表紙を飾った同グループの Heidi Hofer らの論文では、更に L 細胞と M 細胞の分布パターンを詳細に分析し、分布パターンは不規則ではあるが、完全にランダムではないことを明らかにしている。著者らは将来的には、このパターンを作り出す遺伝子を発見したいと語る。
さて、被験者たちは(おそらく全ての人々は)全く、構成の異なる視細胞を持っているにも関わらず、同じ波長の光を同じ色として認識していた。この結果を受けて、筆頭著者 Heidi Hofer は言う。
"That points to ... some kind of circuit in the brain that balances the colors for you no matter what the hardware is".
「ハードウェアがどのようであっても脳の中の何らかの回路が色のバランスを調整してくれるのです。」
なるほど、ハードウェア(網膜)が違うのに、みな同じ波長のものを黄色と呼ぶ。これは脳が補正を施しているからだ。脳は賢い。参照サイトのタイトルどおり、「色は眼が見ているのではなく、脳が見ている」のだ。
…待てよ。なぜ、脳が網膜からの情報に補正を施す必要がある？構成比が異なろうと、三種類の錐体細胞がそろっているなら、感度は別として，色の識別は可能である。となれば、脳が補正をかけて、わざわざ「正常な」色情報を作り出す必要があろうか？*2
さすがにラスト・オーサーの David Williams は慎重である。
"Color is defined by our experience in the world, and since we all share the same world, we arrive at the same definition of colors".
「色は我々の世界経験によって決まるのです。そして我々は同じ世界に生きているので、同じ色の定義に到達するのです。」
脳を持ち出す必要性はなく、これで十分である。
脳が不必要だと言っているのではなく、脳による特殊な補正を仮定する必要はないのだ。べっかむの髭剃り*3。Williamsの言うように、ごくごく当たり前なプロセスで色名と波長の結びつけは行われる。色の判別が出来て、それを他者と同じ色名で呼ぶことが出来れば何の問題もない。「正常な黄色のクオリア (質感)」などないのだから。もちろん各人のクオリアは異なっていても構わない。
*2:もちろん朝の光と昼の光の下での色の恒常性を保つ、という意味では脳による補正は行われるが、それは網膜の構成とは別の話である。
*3:ちなみにgoogleで「オッカムの髭剃り」を検索すると5件がヒット。http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rls=GGLD,GGLD:2004-43,GGLD:ja&q=%E3%82%AA%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%A0%E3%81%AE%E9%AB%AD%E5%89%83%E3%82%8A" 「オッカムの髭そり」は53件 http://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%AA%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%A0%E3%81%AE%E9%AB%AD%E3%81%9D%E3%82%8A&hl=ja&lr=&rls=GGLD,GGLD:2004-43,GGLD:ja&filter=0"
