愛より強い旅@渋谷シネ・アミューズ

 
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多くの日本人にとって、ルーツというのは大して問題にならないのかもしれない。ルーツから疎外された時に初めて意識されるのがルーツなのだろうから。

この映画はフランスで暮らすある男女のルーツを辿る旅をテーマにしている。主人公の男ザノ(ロマン・デュリス)はアルジェリアで生まれたが、反政府運動に加わっていた祖父のために、幼い頃、両親と共にフランスへと亡命することを余儀なくされた。数年後、両親と帰郷しようとしたとき、家族の乗った車は事故をおこしザノは孤児となった。
もうひとりの主人公の女ナイマ(ルブナ・アザバル)のルーツはさらに曖昧模糊としている。彼女の父はアラブ系なのだが、その過去について彼女にははっきりとは語ろうとしなかった。彼女は14歳のころから放浪生活を送ってきた。
このように自らのルーツから引き裂かれた二人は、フランスからスペイン、モロッコを通過し、アルジェリアの地へと向かう7000kmの旅に出る。ザノの目的は生まれ育った地に帰り、自らのルーツを確認すること。ではナイマは?アルジェリアにたどり着いたとしても、そこに彼女の馴れ親しんだ何かがあるわけではない。彼女は何のためにアルジェリアへ向かうのだろうか?
 
熱情を撒き散らすかのような道中の果てに、ついに二人はアルジェリアへたどり着く。ザノは幼い頃家族と共に暮らしていた家に辿り着き、家族の写真を目にして号泣する。彼のルーツを辿る旅の目的は達成されたといっていい。
 
しかしナイマは首都アルジェでますます不安に駆られ、爪を噛み続ける。ここにも彼女の捜し求めたルーツは存在しなかったのだから。
ザノとナイマは神秘的な誘いに導かれ、スーフィーの儀式に参加することになる。激しいリズムに乗って激しく身体を打ち揺らし、トランス状態へと上り詰めていくナイマ。
観客までもが自己を揺さぶられるような、刺激的で、かつ静謐でもあるシーンが何分ほど続いたのだろうか。ナイマとザノは絶頂へと至り、儀式は終わり、二人が雲の晴れたような表情を見せるラストシーンへと切り替わる。アルジェの町を見下ろす高台の墓地を背景にした美しいシーンだった。
 
スーフィーの儀式の中でナイマが得たものは、決して確固たる自分やルーツではない。むしろ、彼女はそういった手に入れ得ない幻想を追い求めることで自分自身を疎外してきたのかもしれない。あのリズムの大波の中では、確固たるものが解体されていくのだ。そして、それにもかかわらず、過ぎ去っていってしまった何かを「自分」として引き受けること、それこそがこの旅によって見出されていったものであるように思う。
 
最大の他者とは自分であり、ルーツとは自明なものではない。ルーツは血縁や生まれ故郷として実在するものなのではなく、世界との関わりにおいて作り上げられていくものなのだ。一瞬、一瞬に変容していく曖昧な「自己」という存在を歴史の連続性の中に曖昧な形のまま引き受けること。
この作業って音楽そのものではないか。
ある瞬間、瞬間の空気の振るえを、時間の流れの中に位置づけることでリズムが生まれ、メロディーが生まれる。永遠の同一性の中には音楽も自己も生まれ得ない。そして音楽の享受とは、その始まりから終わりまでの全ての要素を正確に把握し、構築していくことではない。音楽という営みは不定形な音の流れの中に身を投げ出し、瞬きの間に過ぎ去ってしまった「今」と、めまぐるしいスピードで到来する「今」とをあやふやな形のまま繋いでいくことだ。
そして旅もまた、同じである。
ヴァイオリンを壁に埋め、ウォークマンからの*1ミニマル・テクノのリズムに身を委ねる旅立ちのシーンは、ルーツを辿る旅の在り方を暗示しているかのようだ。
 
ルーツ・旅・音楽。トニー・ガトリフのメインテーマを結ぶ同型性を強く感じさせる情熱的な映画である。

*1:もちろんsony製。iPodじゃないところがミソ