詩人の幸福

此の詩人の幸福こそ、また学生諸君の特権でもあるのだ。これを自覚し、いじけず、颯爽と生きなければならぬ。実生活に於ける、つまらぬ位置や、けちくさい資格など、一時、潔く抛棄してみるがよい。諸君の位置は、天上に於て発見される。雲が、諸君の友人だ。
無責任に大げさな、甘い観念論で、諸君を騙そうとして居るのでは無い。これは、最も聡明な、実情に即してさえいる道である。世の中に於ける位置は、諸君が学校を卒業すれば、いやでもそれは与えられる。いまは、世間の人の真似をするな。美しいものの存在を信じ、それを見つめて街を歩け。最上級の美しいものを想像しろ。それは在るのだ。学生の期間にだけ、それは在るのだ。もっと、具体的に言い度いが、今日は何だか腹立たしい。君たちは何をまごまごして居るのか、どんと背中をどやしつけてやり度い思いだ。頭の悪い奴は、仕様がない。チエホフを、沢山読んでみなさい。そしてそれを真似して見なさい。私は無責任なことは言って居ない。それだけでもまずやってみなさい。少しは、私の言うことも分かるようになるかもしれない。
失礼なことばかり言いました。けれども、こんな乱暴な言い方でもしないことには、諸君は常に聞き流すことに馴れて居る。諸君の罪だけではないけれども。(「諸君の位置」太宰治)