泳いだ。

しばらく泳ぎつけていないと、身体の水への適応はあっという間に失われる。僕が一番イルカに近かったのは小学生の頃だ。今日も隣のコースを軽やかに泳ぐ小学生を寂しく眺めた。確かに23歳の僕は彼らよりも速く泳ぐことは出来る。だけど僕の泳ぎには彼らの泳ぎが持っている決定的に重要な何かが失われてしまっている。こうして人は年を経るにつれて鈍重で地上に縛り付けられた存在へと宿命付けられていくのだ。
 
コンビニで村上春樹「ある編集者の生と死 安原顯氏のこと」(『文芸春秋』4月号)を立ち読みしたので、幾分、村上春樹風かもしれない。しかしこんなほろ苦いエッセイから思考に影響を受けるとは、村上春樹を読み漁っていた高校時代の僕は想像もしなかっただろう。いや、このエッセイから直接影響を受けたわけではなく、このエッセイが僕の中に刻まれた「村上春樹的なもの」を揺り動かしているのかもしれない。
 
図書館が雑誌を数年分まとめて廃棄処分することになったので、いくつか面白そうなものを選り抜いて引き取ってきた。
それで今、別冊・数理科学『脳科学の前線 数理モデルを中心にして』(1997年 サイエンス社)を読んでいる。川人光男先生の『脳の計算理論』はまだ読み途中だし(図書館で借りたのだが期限が来て返した)、David Marrの『Vision: A Computational Investigation into the Human Representation and Processing of Visual Information』も積ん読状態の僕が脳の数理モデルについて何か言えるわけではないのだけれど、この雑誌に載っている各論文はそれぞれ話題を絞って比較的短く整理されているので読みやすいし、いい入門になる。そのうち素人なりの感想を述べてみようと思います。