JP、チョムスキーらに噛み付く(第一ラウンド)②
アルフォンソ・リンギス『何も共有していない者たちの共同体』より*1
経験主義者とは、一人の人間から他の人間へ、一点のあいまいさもない一つの情報を伝えようとするあらゆる努力に、くちばしを挟んでくる干渉の悪魔である。「経験主義が正しければ正しいほど、彼らの言うことは聞こえなくなる」。
経験主義は世界を支配している悪魔である。しかし人は、世界がだす信号のためのこうしたはかない固有名を、いつまでも際限なく吸収していくことはできず、固有名と闘わなければならない。唯一の解決法は、ロックに反対したライプニッツとともに、「経験主義は数学が存在しなければいつも正しい」ということである。
JP、チョムスキーらに噛み付く(第一ラウンド)①からの続きです。
The faculty of language: What's special about it?
Pinker S, Jackendoff R.
Cognition (2005) 95, 201-236
の最終章(4章)をまとめました。3章が言語学の理論的な対立だったのに対し、4章は進化論的な対立を前面に押し出しています。しかしその進化論的な対立が何に依るのかといえば、やはり言語観の違いに基づいているのです。
チョムスキーらは言語の中に形式面での完璧さと実用面での非機能性を見出します。それゆえ適応による自然淘汰では言語は説明できないという立場です。
一方、ピンカー、ジャッケンドフ(以下 PJ)からすると、言語は様々なパーツの寄せ集めで形式的には冗長であるが、コミュニケーション機能として有用な器官であり、自然淘汰によって漸進的に進化してきたものであるという考えです。
ちなみにPJの主張はジャッケンドフが定式化を進めている言語理論とパラレルです。ジャッケンドフは統語のみならず、意味や音韻のシステムにも再帰的な計算を組み込み、それぞれがインターフェイスによって結び付けられているという考えをとっています。こういった考え方は『Foundations of Language: Brain, Meaning, Grammar, Evolution』の中にまとめられています。この邦訳『言語の基盤―脳・意味・文法・進化』が7月14日発売されるそうです。認知言語学メモさんに詳しい情報があります。また、一部の拙訳がことのはのいしずゑにあります。参考にしてください。
またピンカー陣営側の言語の進化理論に関する論文をまとめた本として『言語進化とはなにか―ことばが生物学と出会うとき』が出版されており、SHOREBIRDさんが詳しくご紹介なさっています。
とはいえ対立する両陣営も「言語とは人間の持つ生得的な能力である」という基本的な主張は共通しています(kkyamasitaの日記さん参照)。この基本的主張と根本から対立する認知言語学のトマセロ(『心とことばの起源を探る (シリーズ 認知と文化 4)』)なども絡ませると面白いのですが、話が込み入るので今回は省略。
それでは以下、4章のまとめ。
4. 言語、コミュニケーション、進化
- 「言語が自然淘汰で進化したものではない」というHCF説を支えるのは極小主義だけではない
- HCF の3つのテーマ
4.1 HCF「言語はコミュニケーション向けにデザインされていない」
- 言語は重要なコミュニケーションの手段であることは明らかである。
- チョムスキー「言語使用はほとんど成人の内語や子供のひとりごとのような、自分自身に向けてのものである。」
- しかし、内語は完全な文ではなく、不完全な句の断片のようなもの
- 生物学的機能を考える上では「何に使われているか?」ではなく「何のためにデザインされているか?」が重要
- すなわち、想定される機能がその器官が持つ特徴を予想できるか?
- 例えば手は「物を掴む」よりも「何かをいじくりまわす」ために使われることが多い
- だからといって「手の機能 = いじくりまわすこと」ではない。
- 手は「いじくりまわす」ためだけにはあり得ないような解剖学的な特徴を備えている。
- 同様にして「自分自身に語りかける」ためには、
- 発声器官の特徴にチューンされた性質(=音韻だとか音声)はいらない
- 線型順序、格、一致もいらない
- トピックやフォーカスもいらない
- これらは全て、知識のないリスナーが情報を知覚して、統合するための性質。
- 脳の一部が他の部分に「語りかける」ためには、発声器官に適した線型順序に情報をコードする必要はない。
- 並列的な伝達でよい(例:脳の視覚系)
- 人間が意味から(発声器官の生み出す)音へのマッピング機能を持つことの、もっとも明快な説明は・・・
- 「発声器官を用いて、音を生み出し、他者へ意味を伝えるのに、それが必要だから」
- さらに人間の言語の獲得能力は、コミュニティーから「学習する」ためのもので、言語を「発明する」ためのものでないことも重要。
- 学習した単語なしには内語は不可能
- 手話使用者の内語も音ではなく手話からなる
- 内言語も外部から学習した言語に基づく
- 言語を「発明した」例ですら・・・
- Nicaraguan Sign Language はコミュニケーションの方法を模索しているコミュニティーの中で生まれた
- ろうの子供のホームサインも他者とのコミュニケーションの文脈の中で生まれた
- 自分自身に語りかけるためだけに複雑な語彙と文法を持つ言語を発達させたろう者はいないのでは。
- 完全に孤立した人間が言語を発達させることはない
- コミュニケーションこそが第一の適応であり、内語による思考の強化は副産物(もしくは三角小間 spandrel)
4.2 HCF「言語は完璧」
- チョムスキー曰く・・・
- 「FLN は知覚運動系と概念意図系とを繋ぐための近似的最適解のようなものだろう」
- この仮説は評価が難しい
- 全てに渡って「完璧」だったり「最適」だったりするものはない
- ある特定の必要性に応じて評価される
- チョムスキーの基準は?
チョムスキー曰く「言語はほとんど人工的な形式記号体系のようなもの」
- これは人工的な記号体系が言語と同じような必要性を持っていると仮定した場合の話
- 実際には言語はリアルタイムに、知識や計算の制約の中で用いられるもの
- 計算論的にも、倹約性の面でも到底「最適」ではない
- チョムスキー自身の基準からしても「表面上の不完全さ」であふれている
- 格と一致
- 語順の自由な言語における利点は無視されている
- 疑問や受動文での句の移動
- トピックやフォーカス、「誰が何を何にしたか」を表現するのに使われる事実は無視されている
- 格と一致
- 機能的なシステムにおいてはさまざまな対立する要求がトレードオフされたものである、という視点が全くない
- 可能な限り速く走る車を「完全だ」と定義し、重さやブレーキや安全性や燃費のトレードオフを「表面上の不完全さ」と呼ぶようなもの
- さらにチョムスキー曰く…
- 「音韻の体系は考えうる限りのあらゆる不完全さに満ちている」
- ごもっとも。
- 意味から音へのマッピングは幾つもあり、その全てが最適であるということはありえない
- 言語は意味を伝えるために、句構造、線型順序、一致、格の四つを用いる
- 結論
- 「完全」だとか「最適」だとかは、言語が何によって特徴付けられるべきであるか、という個人的な見解であって、言語についての経験的な発見とは言えない。
- 従って言語進化についての主張を動機付けることは出来ない。
チョムスキー曰く「言語は使用可能な形でのみしか存在しない」
- チョムスキー「こんなに完全なものが、どうやって少しずつ進化できるのか?」
- 「完全なもの」と「全く実用性のないもの」の二分法は成り立たない
チョムスキー曰く「言語には冗長性がない」
- 不可解な主張(言語は冗長に決まっている!)
- 音声学的には・・・
- さまざまな周波数でフィルターをかけても、理解可能
- 意味の復元の観点から言えば・・・
- 様々な要×を省×て×、を順序語の変えても、ある程度理解可能*2。
- 意味のエンコーディングの観点から言えば・・・
- いくつもの方法があり、いろんな方法でできて、一つ以上の方法が使用可能である*3。
- チョムスキー「語彙の記憶貯蔵も冗長性がない」
- 経験的な発見というより、方法論上の見解に過ぎない
- 心理言語学は語彙の記憶貯蔵にも冗長性があることを示す
- いくつかの規則活用動詞の過去形は語幹とともに貯蔵されている
- 純粋に理論的に見ても語彙は冗長
- 外心複合語 exocentric compound
- redcoat: (赤いコートを着た)英国兵士、yellowjachet: (黄色いジャケットを着た)ハチ、backhead: (てっぺんの黒い)吹き出物
- X with a Y (noun) that is Z (adjuctive)
- この場合、red や coat は冗長である
- このような冗長性は他にもイディオムや半生産的派生形態素や不規則活用など数多く見られる
- redcoat: (赤いコートを着た)英国兵士、yellowjachet: (黄色いジャケットを着た)ハチ、backhead: (てっぺんの黒い)吹き出物
- 外心複合語 exocentric compound
- 経験的にはチョムスキーの仮説は反証された
- 結論:他の生命システム同様言語は実用的だが不完全である
4.3 HCF「FLN は言語以外の目的のために進化した」
- HCF曰く
- これは悪しき二分法dichotomyである。
- ある機能に関して選択を受けたシステムも、その後別の機能に関して選択を受けることはある
- 前肢は最初泳ぐために選択され、その後、飛行のため、歩行のため、把持のため、選択された
- 同様に再帰的計算も当初はナビゲーションのために選択され、その後言語のために選択され変形した可能性がある
- とはいえ、言語の再帰的計算が動物のナビゲーション機能のマイナー・チェンジであるかどうかは疑わしい
- 推測航法 dead reckoning (方位と速度から位置を推定する方法) は無限だが離散ではない。
- ランドマークの認識は離散だが無限ではない
- 数概念から再帰的計算が進化した可能性に関しては、むしろ逆ではないか?
- われわれは再帰的計算が言語固有ではない、という点では HCF に同意する
- また、言語にはシンプルな再帰的計算だけではなく、少なくとも4つの制約が必要とされる
- このように言語は既存の単一の再帰的なシステムの外適応とは言いがたい