岩明均『ヒストリエ(4)』

ヒストリエ(4) (アフタヌーンKC)
これ買ったら全財産が120円になるとわかっていつつも、この人の作品だけは買わないわけにはいかないのだ。夜通しのバイトが明けて大学に向かう電車の中で読んだのだけれど、泣けて泣けて困って、乗り換え駅の渋谷駅のベンチで泣き止んでから、また電車に乗って残りを読んだ。シャワーも浴びてないのに、なんだか前日の汗と汚れがすっかり流れ落ちた気分だった。
この人の長編ものは作を重ねるごとにスローペースになって、ヒストリエなんて主人公エウメネスの生涯をちゃんと描ききれるのかも怪しいぐらいなのだけれど、とにかくキャラクター描写の深みは4巻に入っていよいよ凄いことになってきている。そして地道に作り上げてきた下地の上でようやく活き活きと物語が動き始めてきた感じ。これが『寄生獣』に並ぶ岩明均の傑作になることは間違いなさそうだ。
小さな村と小さな都市との、歴史の上ではほんの些細な紛争を舞台にエウメネスを参謀とした知能戦が冴え渡る。知能戦の楽しみは『寄生獣』から変わらないし、もっと言えば『風子のいる店』での風子と喫茶店の客との心理的駆け引きにも通じるものがある。戦闘のスケールの大きさに依らないダイナミックな知と剣のせめぎあい。
でも岩明の真の本領が見られるのは戦闘の終結後、後日の和睦の場面。ここで岩明が『デビルマン』から引き継いで描き続けている「ハイブリッドなヒーロー」の持ち味が遺憾なく発揮される。スキタイ人として生まれ、カルディアの裕福な家庭で幼少期を過ごし、小トルコの村に身を寄せたエウメネスが、その全てを引き受けて、飲み込んで、大事なものを守る。ある一人にとって大事なものなんて環境や歴史の織り目の中から偶然既定されるようなものに過ぎないのだけれど、けれどその偶然的なものだけしか人は砦とすることは出来ないのだ。だからその砦を精一杯守るしかない。このテーマはSF的な『寄生獣』で派手に迸り、緩やかな『七夕の国』を経て、『ヒストリエ』では太く静かな伏流水のように流れている。
大切なものを守るために村を去らなければならなくなったエウメネスオデュッセウスの物語が重ね合わされる場面はシビレル。相変わらず一見表情に乏しいタッチでありながら、見せ場における全てが込められた目の描写も凄い。