ご報告
紆余曲折ございましたが、わたくし、本日をもちまして修士課程を修了いたしました。来年度からも同じ研究室の博士課程に進学いたしますので生活が大きく変わることはないのですが、漸く今日になって自分の中で一つの区切りとしての実感が芽生えました。
この数年は本当に生活が重く、苦しく、その反動で半分気晴らしのような不真面目な、不謹慎な、エントリーばかり書き連ねた覚えがいたしますが、それでもなにかしらの興を覚えて読んでくださる方々がいらっしゃったことが僕にとっての大きな支えになったことは間違いありません。一年生になったら友達百人できるかな、という歌がアイロニーであることは最近知ったのですが、日本に百人ほどは私の拙い書き物を心の片隅に気にかけてくださる方もいらっしゃった、という事実だけでどれだけ奮い立たされたことか。
僕は血縁や地縁といったパトリにどうしてもアイデンティティを重ねることが出来なかった。抵抗のための砦さえ与えられていない。ネットでの繋がりなど不健全で脆いものに過ぎない、と旧世代のひとは仰るでしょうし、それは確かに一抹の真実だと思います。けれども堅固なパトリを崩壊させて来たのもまた彼等なのです。僕らの世代は半分途方に暮れているのではないでしょうか。僕らの世代の、未熟な、けれども、ぎりぎりの抵抗として WEB 上における発信は機能しているように思います。そのためには、ことさらに、表向きに、攻撃的な態度をとる必要は全くなく、ただ日々のことを偽りなく綴るだけでも充分なのだ、という発見がありました。何故なら同じ日本語を話す者同士であっても、僕たちは余りにお互いを知らなさすぎるからです。お互いに対する無知・無関心こそが不健全と脆さの根源なのです。この場を通じて実際にお会いした方も沢山いますし、一生お会いすることのない方も数知れずいるでしょう。けれども、自分の生に対して不真面目である人は、誰一人として、いなかった、ということを実感できたというだけで、世間知らずな僕には大きすぎる収穫でした。そして、個々の生活こそ、最後に残された抵抗の砦なのだと思います。
・・・・でもね、いいかい、君に同情して泣いたわけじゃないんだ。僕の言いたいのはこういうことなんだ。
1度しか言わないからよく聞いてくれよ。
僕は・君たちが・好きだ
こういった殆ど無責任のような、けれども、嘘のない、言葉を発する権利が、ラジオ DJ にならずとも与えられた、ということに、僕は感謝してやみません。
くどいけど、あと1度言うからよく聞いてくれよ。僕の言いたいのはこういうことなんだ。
僕は・君たちが・好きだ
So in love / Curtis Mayfield
So in love
I'll try to do the best thing that man can do
So in love
The key to our success, see each other through