コネクショニスト・モデルと神経科学による意識の統一的解釈

 
昔作ったレジュメを読み返したらなかなか面白い内容だったので。まとまっていませんが参考までに。
 

Consciousness: converging insights from connectionist modeling and neuroscience
Tiago V. Maia and Axel Cleeremans
Trends Cogn Sci. 2005 Aug;9(8):397-404.

 
認知神経科学における多くの研究は、選択的注意・ワーキングメモリ・認知制御が、広く分散した表象間の競争によっている、という見解に帰着した。競争においては、特に前頭前野(PFC: prefrontal cortex)からのトップダウンの投射によってバイアスがかけられ、ある表象が他の表象よりも選択的に強化される。この視点は、現在、いくつかのコネクショニスト・モデルの中に導入されている。このレビューでは、意識を理解する上での、これらのモデルの妥当性を強調する。興味深いことに、これらのモデルは、"Global Workspace Theory" の導入を目的とした他のモデルとの著しい類似点を持っている。これらのモデルはすべて、過去20年にわたって多くのコネクショニスト・モデルの中で使用された基本原則 "Global Constraint Satisfaction" を具現化したものである。
 
【イントロダクション】
選択的注意、ワーキングメモリ、認知制御、そして意識を統合する視点が見えてきた

  • キーワードは "biased competition" : (特に PFC からの) トップダウンの影響下における、脳内に広く分散した表象間の競争
  • コネクショニズムのモデルとしても導入され成果をあげている
  • これらのモデルは意識を説明するためのものではないが、重要な示唆に富む
  • これらのモデルは初期のコネクショニスト・モデルにおける重要な原則 "global constraint satisfaction" の立場から統一的に捉えられる

意識の状態 (覚醒、睡眠、昏睡) と意識の内容 (見ている景色) の区別は重要である(それぞれは独立ではないが)
このレビューは意識の内容についてのもの
 

Box1. 意識に関連すると仮定される計算メカニズム
 

  1. Active Representation
    • 活性化したニューロン発火は意識に必要である(おそらく十分ではない)
  2. Global Competetion biased by top-down modulation
    • 意識は表象間のグローバルな競争による
    • 勝利したニューロン連合が意識経験とグローバルなアクセスを決定
    • PFC で保持された Active Representation が競争を調整する
  3. Global Constraint Satisfaction
    • グローバルな競争は global Constraint Satisfaction*1を満たす
    • 意識経験は、ある状況に対する脳の知識の、大規模な適用の結果
  4. Reentrant Processing
    • 再帰的結合は global constraint satisfaction に不可欠
    • 高次な領域のグローバルな解釈が、(局地的な特徴検知器的な)低次な領域の処理に影響
  5. Meta-Representation
    • 人の思考内容について考える能力のような、人間の意識・認識の高次な様相は constraint satisfaction ネットワークに入力としてフィードバックされる表象に依存しているかもしれない
    • 同一のネットワークによる再処理に利用できる表象の生成が、「意識の流れ」を形成している

 
【意識と活性表象】
2つのタイプの表象
①ユニット間の結合の重み付けに埋め込まれた長期的な知識

    • 特定の発火パターンの誘発により振る舞いを間接的に制御
    • 別のシステムにとって直接の利用は不可能
    • 暗黙知のメカニズム
    • 文法の規則:神経結合でコード化されている

 
②一時的に活性化された表象(発火パターン)

    • 結合による知識 (①) は直接アクセス可能ではなく、意識そのものは活性化した表象に依存
    • 仮説:脳の計算の出力(および中間の結果)のみが意識に上る
    • 活性化したニューロンの発火=意識の必要条件

 
意識的な経験のためには、十分に強く時間的に安定した神経発火が必要

    • 人間の感覚皮質の microstimulation 研究 [19]
    • 短く弱い刺激は閾下で知覚され、長く強い刺激は意識的な知覚に帰着 [20]
    • 意識が発火の増加に関係しているという neuroimaging からの証拠[21]

 
しかし、これらは意識の十分条件ではない
 
【Global Workspace Theory】
Baars:意識が「グローバルな作業スペース」へのアクセスに依存すると示唆[23]
Dehane らはこの理論を実装するいくつかの計算神経学モデルを開発[24,25]
 
これらのモデルの重要な特徴は、それらがバイアスされた競争 (Box2) によって働くということであり、競争に勝利したニューロン網がある瞬間の意識的な経験を決定するということ

  • Dehane, Baars ら:脳は、専門化されたモジュールのプロセッサー、およびこれらのプロセッサーを接続するグローバルな作業スペースから成ると考える
  • 著者ら:計算はもっと広く分布し、グローバルな規模で相互作用すると考える

 
グローバルな競争で勝利したニューロン網が意識の内容を決定するという考えは、意識とニューロンの発火の強さおよび安定性との関係を説明できる

  • 強く安定した発火によって、それに対応する表象は勝利したニューロン網の一部となる
  • また、反対に、勝利したグループの一部であるニューロンは、グループ中の他のニューロンから興奮を受け取り、それが発火率の増加に帰着する

 
これらの観点は、Varela & Thompson のローカルからグローバルな方向、およびグローバルからローカルな方向への因果関係を説明する (e.g. 意識に上らない情報は減衰が早い [29])
 
意識へのアクセスは、段階的な処理に基づいているにも関わらず、”all-or-none”の傾向がある[13,25]

  • これは側方抑制 [30] の非線形的なメカニズムから導かれる
  • 視床-皮質回路での持続的で自発的な活動も、ニューロン網の勝利の決定において重要[13]

 
【注意、ワーキングメモリ、認知制御および意識の統合】
 
注意・ワーキングメモリ・認知制御
前頭前野 (PFC) からのトップダウンの投射によってバイアスされたグローバルな競争、という概念は、ワーキングメモリ [3]、認知制御 [2,6,31] (Box3)、注意([1], Box4)、の基礎メカニズムとして提案されている
 
PFC はこれらのモデルのすべてに重大な役割を果たす

  • 活性化した表象の維持のために特化されている
  • 基底核およびドーパミン作用性のシステムと協働し、表象を急速に切り替える能力[2-5,32,33]

これらのメカニズムは、柔軟に、かつ、素早く、ワーキングメモリ中の表象を維持、更新したり、認知制御においてタスクが要求する表象を変更したり、あるいは注意の焦点を修正したりする上で重要である
 
O'Reilly らはこの柔軟性を支援するメカニズムを提案し、計算モデル中に導入 [4]

  • 基本概念:再帰的な興奮がPFCニューロンのの活動を維持する
  • 基底核ドーパミン作用性のシステムがゲーティング・メカニズムとして働き、情報を妨害されることなく維持することが必要な場合は PFC へのアクセスを阻み、その情報を修正、変更することが必要な場合は、PFC への素早いアクセスを可能にする

 
PFCで維持された表象が、ゴールおよびタスクに適切な方法で、脳のあらゆる場所における表象間の競争にバイアスをかける
あるエリアでの競争は、そのエリアへの入力の全てによって「バイアスがかけられる」ことが重要

  • V4 での競争は V2 からのフィード・フォワードおよび IT からのフィードバックによってバイアスがかかる
  • PFC に関して特別なのは、それが、入力がない状態でも表象を保持する能力を持っており、妨害要素に直面してもなお、時間的に持続したバイアスを与えることができる点
  • IT のような低次のエリアは、ある程度活性化した表象を維持する能力を持つが、新しい入力が処理されるとすぐに、その表象は置き換えられる

したがって、低次なエリアは、注意、ワーキングメモリおよび認知制御に必要な持続するバイアスの源でありない
 
注意、ワーキングメモリおよび認知制御の基礎メカニズムとしての「バイアスのかかった競争」を考えることで、これらの概念を統合できる

  • Courtney [35]:「注意および認知制御はワーキングメモリ中の情報表現により創発されるが、それらは脳内の個別の実体ではない」
  • 作業領域の中で活性化され維持される表象は、「我々が注意だとか認知制御と呼ぶ方法で」グローバルな競争にバイアスをかける

 
意識
これらのモデルと意識との間の類似

  • 意識は注意と結び付けられて語られる
    • 注意されない刺激は意識に上らない [36]
  • 認知制御との密接な関係
    • 「制御された処理」は、「被験者の制御のもとでの」自発的な処理として扱われる [38]
  • ワーキングメモリとの密接な関係 [40,41]
    • PFC は意識の内容を選択および維持する際にも、恐らく重要な役割を果たすだろう

 
補足的な証拠

  • 意識に上る刺激は前頭野を活性化
  • 昏睡または全身麻酔のような無意識の状態では、刺激は前頭野ではなく感覚野のみを活性化する
  • 前頭野は無意識の状態では著しい活動低下を示す [42]
  • PFC の障害は、タスクに適切な表象を選択し保持する障害に結びつく
  • PFC の障害は動揺性の高さをもたらす
  • 注意欠陥多動性障害との関係? [43,44]

 
理論的・方法論的示唆

  • 注意、ワーキングメモリ、認知制御および意識は個別の脳システムによってインプリメントされた別個の機能ではない
    • 個別の神経システムを探す試みは間違ったアプローチかもしれない
    • PFC からのバイアスによる、グローバルな競争のダイナミクスという観点が重要
  • 方法論的には、グローバルな競争の状態量を計る脳機能の計測手段の重要性を示唆

Tononi と Edelman の「統合」(「機能的クラスタリング) と「差異化」(=「神経の複雑性) は、新しい種類のツールの優れた例 [45]
 
著者らのフレームワークは意識に関する多くの難問に答える

  • 注意と意識の関係に関する議論
    • 「注意は意識に必要かどうか」
    • 「注意が意識に先行するか(その逆も)」 [37]

これらは間違った問いである
 
その表象が勝利したニューロン網の一部である場合に、刺激は意識に上る

  • これは、PFC からのトップダウンのバイアスによって調整されうるが、完全に決定されたものである
  • あるものは、これらのバイアスを「注意」と呼ぶ

重要なのは、グローバルな競争のダイナミクスを理解することである
 
再帰的な結合および意識】
PFC はトップダウンの投射によって意識の内容に影響を及ぼす
さらに、 意識体験における、(再帰的な) フィードバック結合の重要性が提案されている

  • 視覚野 MT の経頭蓋磁気刺激は運動知覚を引き起こすが、MT の刺激のすぐ後に V1 が刺激された場合は運動知覚は起こらない [46]

 
【意識およびGlobal Constraint Satisfaction】
グローバルな規模での再帰的相互作用が意識にとって重要である、という考えは、ニューラル・ネットの Global Constraint Satisfaction という考えに一致する。
 
Global Constraint Satisfaction再帰的なネットワークが、安定状態へ到達することにより、与えられた入力の解釈に至るという考え方
 
この状態は、ネットワークへの入力だけでなく、ネットワークの結合に埋め込まれた知識にも影響される (入力の「解釈」)
その時点における入力から生み出す解釈=安定状態が意識体験に反映
(それ以前に内部に生成された表象 (例えば内語) も入力に含まれる [11])
 
【同期、バインディング問題および Global Constraint Satsifaction】
バインディング問題」を解決し意識の内容を決定するために、同期したニューロン発火の役割に関して多くの議論があった
 
発火率にのみ基づいて競争が行われる必要はないので、「同期仮説」は著者らの提案と互換性がある

  • 同期発火は意識の十分条件でなく、グローバルな競争に影響を及ぼすものと考えられる
  • Fly ら「同期は後のプロセスで発火率へとに翻訳されるだろう」
  • 同期および発火率は密接に絡み合う

 
【アクセス的意識vs現象的意識】
著者らの作業仮説:グローバルな安定状態が、アクセスに対する適切な候補であり、さらに現象的経験の統合について説明する、つまり、勝利したニューロン網がグローバルなアクセス可能性および現象的経験の両方を決定する
 
Block:「アクセス的意識」と「現象的な意識」の区別を提案

  • 競争に敗北したニューロン網も現象的経験の内容に関わるのでは
  • 再帰的な MT/V1 ループにおいて敗北したニューロン網の活動は、現象的意識に十分なものかもしれない [69]

 
しかし、Tong らによれば腹側外線状経路の活動は意識に十分とは言えない [70].
また、敗北したニューロン網が現象的経験に寄与するという考え方は、統合された単一の意識体験と対立する

  • 通常、動作や線分など (敗北したニューロン網の活動) によって、知覚経験が解体されることはない
  • 視野闘争や曖昧な視覚刺激 (e.g. ネッカーキューブ) において、人々はある一つの解釈あるいは他方を知覚し、2つの混合物を知覚することはない

これらの現象はまさに Global Constraint Satisfaction によって説明できる
 
【結論】
コネクショニスト・モデルおよび神経科学の近年の成果は、注意、ワーキングメモリ、認知制御および意識の、単一のメカニズム=「PFC からのトップダウンのバイアスによる表象間のグローバルな競争」に基づいた統合をもたらす
別個の神経プロセスとしてではなく、グローバルな競争のメカニズムおよびダイナミクスの点から、これらの概念についての理解を進めることが重要

*1:再帰的なネットワークが、安定状態へ到達することにより、与えられた入力の解釈に至るという考え方