「シンポジウム『生成文法の可能性』レポ」への言語脳科学からの応答

2008 年 11 月 9 日に専修大学で行なわれたシンポジウム「生成文法の可能性」に参加し、いつもブログ上でお世話になっている id:dlit さんともお会いすることが出来ました。お会いした感想としては同じく、若け〜というのと、やっぱり言語学の方はきれるな〜という。シンポジウム後はお互い多忙で、ゆっくりお話も出来ませんでしたが、またお会いする機会はあると思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。
レポートは dlit さんがこちら (シンポジウム「生成文法の可能性」レポ - 誰がログ) で丁寧にやってくださっているので、僕は、そこで挙げられている質問にお答えしたいと思います。ちなみにここでの回答はあくまで僕個人の見解でありまして、所属する研究室や共同研究者の意見とは関係があるかもしれませんし、ないかもしれません(笑)。
 
さて、dlit さんのご質問として

ある刺激に対して言語能力に関する脳の特定の部位、文法中枢が活性化されたとして、それはUG*1の何に対しての活性化なのか、あるいはそれを調べることのできる実験はそもそも作れるのか。Merge*2というのは非常に一般的な操作でsyntaxが絡んできたらほぼ関係してくるものですから、syntax-relatedな刺激に対しての反応が(他の何かの原理ではなく)UGの核であると考えられているMergeによるものであるという絞込み自体が行えないかもしれない、なんてことになったりしないかなあ、と。この辺りshokou5さんに聞いてみたいところです。

という点があげられていて、同じポイントに関して Jedi さん (id:jedimasteryusukeyoda) も触れられていらっしゃいます。

「ある刺激に対して言語能力に関する脳の特定の部位、文法中枢が活性化されたとして、それはUGの何に対しての活性化なのか、あるいはそれを調べることのできる実験はそもそも作れるのか。」
これって凄く難しくて、現時点では(僕個人の感触ですが)無理だなぁと思うところです。たとえば、素性とかの話なんかも、そうだと思うのですが、在る操作(WH移動とか?)が脳のある信号に還元されるなんて事はどう考えても観察出来なさそうだし。

この点に関しては、僕は原理的な不可能性はないと思っています。ただ、その実現ためには理論の方のサポートがもう少し、いや、かなり、必要かな、と思っています。具体的には、異なる operation に対して、その計算量を独立に想定することが可能であれば、それぞれに対し脳活動との相関をとることが可能です。実際、意思決定の分野では、異なる計算パラメータに対し異なる部位の脳活動が対応することが明らかになってきています (Doya (2008) など参照)。確かに Merge はあまりに一般的な操作ですが、checking や movement といった別の operation と直に分離できないまでも、独立の変数を使って計算量を算出することが出来るならば、脳内における計算として分離可能だと思います。また、もうひとつの方策としては、脳の活動の時間的な発展を見るという方策です。これは fMRI では少し難しいとは思いますが、MEG/EEG/ECoG あるいは将来のより優れた技術によって実現可能になるのでは、と思います。ただ、ここにおいても、具体的な計算操作の時間的順序がある程度明確に理論化されている必要があります。
Jedi さんが仰っているポイントが、あくまで神経科学の技術的な問題であるならば良いのですが、原理的な不可能性について仰っているのだとするとちょっと困惑してしまいます。なぜなら、僕たち実験屋は、理論において、例えば、WH 移動としてまとめて名指された operation はある何らかの自然な分類をなしていると見做しているからです。まあ、全ての自然な operation の分類が全て脳活動の分類として還元される必然性はないのですが、そうでないとすると、何を反映した分類なのか、を明らかにしていただきたいと思うわけです。
というわけで、実験側から理論側へのあつかましい要望としては、なるべく具体的な計算論モデルを出していただきたい、というものです。僕は理論のほうは不勉強ですので、有望なモデルを既にお持ちの方は是非教えていただけると幸いです。
  
また id:killhiguchi さんのコメントですが、

私の極々個人的な感想では、認知言語学の人は生成文法を目の敵にして文献を読んでいるけれど、生成文法の人は認知言語学の対立仮説に目を向けていないのではないかという印象があります。S井先生と話した時などの飽くまで印象です。
例えば、usage-basedに批判的な生成文法の論者は、Langackerのa dynamic usage-based modelを読んでいらっしゃるのでしょうか。Tomaselloのconstructing a languageを読んでいらっしゃるのでしょうか。

とりあえず僕は読んではいます。実際、「対立仮説では現象を説明できないのでこの説明を採用する」といった形で、自己の正当化のためであるにせよ、ある程度目を向ける必要は出てくるのです。ただ、母語の獲得のほうまで行くと僕の研究の専門ではないので、なかなかフォローしきれてはいないです。少なくとも上で挙げたようなイメージングの方策であれば、生成文法であろうと認知言語学であろうと、モデル間比較が可能ですので、是非どちらの分野の方にも、検証可能な計算モデルを提示していただきたいなあ、と思っております*3
また何かご質問などがあればできる範囲で回答させていただきます*4
 
どうでもよい追記:専修大学では日本現象学会も開催されていて、そちらに参加していた大学 2 年のころのバンドのメンバーにも会ったのだった。奇遇!ドラがムめちゃくちゃうまいのだが、ライブ前に酒を飲み過ぎてよれよれになっていたやつだ。そんな彼が今じゃハイデガー研究者だなんてね。

*1:筆者注: 普遍文法 Universal Grammar の略。言語機能の初期状態。

*2:筆者注: 併合。二つの言語要素を組み合わせて新たな要素を形成する操作。

*3:というか僕ひとりの力では到底出来ないので、是非、共同研究が出来たらよいなあ、と思っています。とこっそりアピール。

*4:カッとさせてしまった方、申し訳ありませんでした。どこら辺が問題だったのか、コメントいただけると幸いです。有意義な議論ができれば、と思っております。