愛撫を聴く脳①

 
脳は映像を処理する視覚野、音を処理する聴覚野、皮膚への刺激を感じる体性感覚野など、その処理する情報によって多くの部位に別れています。ですから、生物が外界の対象を適切に認知し、反応していくためには、それらのバラバラに処理されている情報を統合する (=感覚統合) 必要があります
 
感覚統合に関連した有名な錯覚の例として、マガーク効果があります。これは[ga]と発音している人の動画を見ながら、[ba]の音を聴くと、まるで[da]と発音しているかのように聞こえてしまう、というものです。唇の形 (視覚的情報) と音声とが統合されるときに、そのずれが最もうまく説明のつくような解釈が自然と生じるのでしょう。
 
さて、こういった感覚統合はどこで起こっているのでしょう?
統合を担っている候補としては、頭頂葉や側頭葉、そして前頭葉などにある、連合野と呼ばれる部位があります。これらの部位は音や映像といったある特定の感覚情報を扱うのではなく、あらゆる入力層からの情報を受け取り処理しています。
しかし、それに対して、最近の実験結果は聴覚野や視覚野といった「低次な」専門処理を請け負っている部位でも各入力層の情報の統合が起こっているいることを示しています。
 
この低次な部位での感覚統合が、より高次の連合野からのフィードバックによるものなのか、それとも、高次の処理の影響から独立したフィードフォワードなものなのか、については未だはっきりとした証拠はなく(たぶん)、議論が続いていました。

Integration of Touch and Sound in Auditory Cortex
Christoph Kayser, Christopher I. Petkov, Mark Augath, & Nikos K. Logothetis
Neuron (2005) vol.48 373-384

今回の研究は麻酔をかけた猿 (マカクという種です) を対象に実験を行うことで、高次な処理の影響を除外して (意識がないわけですので) 、低次な部位での感覚統合を調べたものです。具体的には
 (鄯) 音を聞かせた場合
 (鄱) 足を刺激した場合
 (鄴) 音を聞かせると同時に足を刺激した場合
の3条件における聴覚野の活動を計測、比較しました。
 
結果としては、第一次聴覚野に沿った caudal auditory belt において、音と体性刺激が同時に提示されたときに、超加算的 supra-additive に活動する部位を発見したということです。超加算的というのは、(鄯)の時の活動と、(鄱)の時の活動、それぞれを足し合わせたものよりも、より大きい活動が(鄴)の条件において見られたということです。つまり単純に音の処理をしていたり、体性刺激の処理をしているのではなく、二つが同時に提示されたときにのみ、何らかの処理を行っている、と解釈できるわけです。
 
ですから、この結果からいえるのは、一次聴覚野に近いかなり低次な部位で、体性感覚と聴覚との統合が行われている、という驚くべき事実です。
 
メインの結果も勿論驚きですが、それ以前に、聴覚野で体性刺激に対する活動が起こるとは知りませんでした。
 
問題としては、麻酔をかけられた猿において、本当に高次の処理は行われていないのか、ということです。意識の有無と、脳内の高次連合野の活動の有無は完全に対応していない可能性があります。なぜなら脳内の活動というものは意識のあるなしに関わらず、ある程度自律的に進行するからです(意識と高次処理との因果関係は不明です)。つまり麻酔下においても低次から情報が入力されれば、ある程度の高次連合野の処理は行われ、そのフィードバックが聴覚野の活動に反映している可能性は否定できないのではないでしょうか。MRIでは時間分解能が悪いため、高次の活動と一次聴覚野の活動の時間的な関係が分かりません。そもそも聴覚野以外の活動がどうだったのか、いまいちつかめておりません。もう少し読み込んで、また明日コメントします。

愛撫を聴く脳②に続く