煙草と『tronika』(冬の夜の声について)

冬の真夜中、窓を開けて煙草に火を着ける。澄んだ空気と煙草の煙とが同時に部屋の中へ、胃の中へと流れ込んでくる。何を成し遂げたわけでもない1日が灰と変わって行く。怖いほど静かな夜で、通りには街灯が等間隔で並んでいるのが見えるだけだ。
ふと、聞き馴れない、何かが軋む音に気付く。すぐ近くで、だが、とても微かな。この耳で今確かに聴いているのか、記憶の底から洩れ出て来るのかもあやふやな音。
煙草の燃える音だった。
夜の闇の中に唯一の色彩を放ち、その瞬間に灰と燃え尽きる。枯れ果てて細かく砕かれた煙草の葉が上げる最後の声。
初めてのことだった。これまで声も届かずに燃え尽きていった煙草は一体、何本に上るのだろう。
          tronika
冬の夜に窓を開けた者にしか聴こえない声がある。sketch showの『tronika』は、そんな冬の夜の密かな声を集め、愛おしむように並べたアルバムだ。この音楽が鳴る地点は、きっと、声とノイズとの区分が意味を為さず、触るだけで全てが砕けしまうような音の北極点だろう。雑踏の中では煙草の声が聴こえないように、この音楽は、心を冬の夜の空気のように研ぎ澄まさなければ聴こえない。
僕の耳は、今夜、初めて、『tronika』を聴いた。